展覧会レポート
語られないコンテクスト
レポーター=樫村芙実
とても実直な展覧会だ。これまでTOTOギャラリー・間で出会ってきた、複雑で時に難解なメッセージを楽しみ、またそれを期待する気持ちを裏切られる。一旦リセットして、マリーナさんに初めて逢う心持ちに整えて、語られることを誠実に受け取ろうとしてみた。そうすると、その実直な展示の語り口は彼女の人柄から来るものではなく、重要なコンテクストを敢えて言わないようにしているからではないか、と思えてきた。以下は私がそのように鑑賞したレポートである。
来館者を最初に出迎えるのは、10㎡程の柔らかな土の床である。そこから針金が立ち上がって、家々の輪郭が浮かび上がり、床の小さな段差や敷かれたジュートの塩梅、無造作に置かれた小さな土器から、そこに生活があり、中庭を再現しているのだとわかる。このインスタレーション「Wisdom of the Land」は、人の大きさ程の大きな米びつや杵臼、タペストリー「Bengali Song」と共に、その柔らかかつ力強い空気をフロア全体に充満させている。バングラデシュを知ってもらうことも目的の一つ、と語る彼女の言葉を受け止めるなら、情報の入口としてはとても寡黙である。けれど、その沈黙こそが来場者の身体感覚を展示に同調させてもいる。彼女が日本で初めての展覧会に際して真っ先に伝えようとしたのが、 土という地域の唯一無二の資源と、それが育んできた文化であるということ。そして一方的な情報の提供ではなく感覚の共有から始まるその方法は、貧富や優劣のイメージを先行させることなく、建築のありようから読み取らせようとし、そのような姿勢に至った思慮深さを思わせる。
展示構成は3階と4階でrural/urbanという明快な二分を謳うが、それを単なる地理的区分として回収しない方が良いだろう。ソフトからリジッドへ、アンパーマネントからパーマネントへという彼女自身の言葉によって補足すれば、柔らかなテクスチャの奥に潜む強さや、硬そうな素材の脆さや柔らかさなど、少ない素材の中にも幅が生まれて、それらの背後にある、人、場所、時間、そして災害や制度を捉え直すための、有効なフレームになる。
とりわけ、「女性主導コミュニティ・センター」の1/10模型と実寸の「クディ・バリ」への導入は、ガラス越しのスケールの展開を通じて、親密さと解放、仮設性と恒久性のあいだを行き来させる巧みな仕掛けとなっている。
「クディ・バリ」は、武骨な素材や仕上げにもかかわらず、疑いようもなく彼女の造形的なエレガンスを宿している。テント状のボリュームは4本脚ではなく4つの正三角形の面によって支えることで足元が地面に近づくにしたがって左右の広がりが生まれ、周囲を招き入れる佇まいになっている。ここには、世界が彼女の建築を賞賛する理由が、明確に、しかし誇張なく示されている。にもかかわらず、このプロジェクトが成立した理由が、政府が竹を「美しくない」と判断したからという事実が坂茂氏との対談の中で語られていて(※)、建築が評価される基準がいかに政治的で恣意的かを示してもいる。そして3階で提示されるsoft-nessとは単なる柔らかさではなく、変化に耐えうるしなやかさであることを、川の増水に伴い解体・再建を前提とした「クディ・バリ」の思想が物語る。
※ TOTO出版『レジリエント・ランドスケープ マリーナ・タバサム』収録。仮設を前提とするロヒンギャ難民キャンプにおいて、帰属意識を生む「美しいもの」をつくってはならないと政府から通達が出されるなか、クディ・バリは建設を許可された。
4階において土は焼成されたレンガへと姿を変え、都市の表情を獲得しはじめる。Masonry(レンガ積み職人)はレンガを真っ直ぐ積むことを元来誇りとするが、それによって、光に照らされた際の各々のレンガのテクスチャがより際立ってきて、それが粒の集合としての魅力を発揮する。だからこそ彼女が展示に際して光の当たり方にセンシティブであったという点には、特段驚かない。殊に、「バイト・ウル・ロゥフ・モスク」は、平面が曲面と出会い、また平面と出会う過程で実に豊かなレイヤーを重ね、都会の喧騒の中に折り畳まれたラビリンスによって守られた静謐な空間を成立させており、その光の動きはため息ものである。
しかしより重要なことは、ここでもまた語られないコンテクストにあるのではないか。ミナレットなどの象徴的な建築要素をことごとく排除したモスクは首都ダッカでも当たり前ではないこと、また男性の目を逃れて女性が祈りを捧げる場が2階に設けられていることは主だって語られず、展示では静かに沈められている。その沈黙こそが、都市、宗教、ジェンダーをめぐる彼女の建築界でのチャレンジを、最も正確に伝えているのかもしれない。
突然私の話になるのだけれど、日本とウガンダでの活動をベースに、「貧富と建築」というテーマでレクチャーをすることがある。例えば途上国/先進国というレッテルを補完するGDPなどの指標は、実は不確定な数字のため注意が必要だ。さらに経済的に富める国からのお仕着せの援助や、自立の芽をつむセレブリティの自己満足に対する受け手の声などをレクチャーの導入としてお話する。その上で、支援の対象として建設された建築のことだけでなく、政治・紛争・災害などで文字通り崩壊した建築の裏話や再建のエピソードを紹介するようにしている。マリーナさんは国を代表する建築家として「独立記念博物館」といった国家のモニュメントや公共建築も手掛けており、国の動乱や現政府の意向など具体的な動向を知らない我々にも、それらの建築が当初の想定や希望的な使われ方とは異なっているケースもあることは想像に難くない。
暖かく守られた展示空間で、私たちは彼女の建築が編み上げる空間が光と共演する様を目撃し、その感動を共有する。その幸せな感覚は、バングラデシュのみならず世界の状況に思いを馳せれば、決して当たり前ではない。数々の語られないコンテクストの中に、彼女の建築が存在することを思う。抑制された、深く、良い展覧会である。
樫村芙実(かしむら ふみ)
建築家。1983年神奈川県生まれ。2005年東京藝術大学建築科卒業、2007年同大学院修了。八島建築設計事務所、Boyd Cody Architects勤務を経て、2011年小林一行とともにTERRAIN architects設立。2019年より東京藝術大学講師、現在、同大学准教授。主な作品に「AU dormitory」「Yamasen Japanese Restaurant」「TERAKOYA」「かしまだ保育園」。日本建築学会作品選集新人賞、アガ・カーン建築賞最終候補、Archi-Neering Design AWARD最優秀賞、グッドデザイン金賞ほか。