TOTO

マリーナ・タバサム・アーキテクツ展:People Place Poiesis

コラム
「建築のすそ野を広げたい」という想いで設立された編集事務所Office Bungaの磯達雄さんの視点から、展覧会をより深く楽しむのに役立つ情報をお届けします。

今回は、マリーナ・タバサム・アーキテクツ展に合わせて開催しているギャラリートークの様子をレポートしていただきます。第1回はマリーナさんの作品集に寄稿いただいた貝島桃代さんと、中庭の展示でコラボレーションいただいた森田一弥さんのおふたりのトークです。第2回は美学者の伊藤亜紗さんと、ベトナムと日本で活動する建築家の西澤俊理さんをお迎えし、身体や幾何学をテーマに、本展が私たちの暮らしにどのように接続できるか、幅広い事例とともに語り合っていただきました。
マリーナ・タバサム・アーキテクツ展を楽しむためのコラム特別編 ギャラリートークレポート
ギャラリートーク「共生のかたち」第1回
出演:貝島桃代(建築家、スイス連邦工科大学チューリッヒ校教授)×森田一弥(建築家、京都府立大学准教授)

貝島――3年ほど前からTOTOギャラリー・間の運営委員をやらせてもらうようになりました。そこで私が考えたのは、女性建築家の展覧会をたくさんやりたいということです。これまで長谷川逸子さんや妹島和世さんの展覧会がありましたけど、まだまだ少ない。誰を取り上げようか。世界に目を広げて、まずマリーナ・タバサムさんの名前が浮かびました。
 マリーナ・タバサムさんとは今から10年くらい前に、あるコンペの審査委員会で初めて会っています。発言がとても明快で、いいか悪いかを信念をもって語るところに共感を持ちました。運営委員会で提案したら、他の運営委員もすぐに同意してくれて、今回の展覧会に至りました。
 日本で展覧会をやるにあたっては、誰かに手伝ってもらおう。マリーナさんの建築で大事なポイントは土だと思い、森田さんに声をかけました。森田さんは建築家である一方、左官として土と向き合ってきました。実は森田さんにはアトリエ・ワンの京都の町家で左官壁のワークショップをしていただいたり、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)に講師として来てもらったりもしている間柄です。面白いプロジェクトをいくつも進めていることを知っていたので、マリーナさんとコラボレーションができたらいいなと思い、お願いしたんです。大変なことを任せてしまってすみませんでした。

森田――いえいえ、楽しく貴重な経験になりました。

貝島――マリーナさんの出身はバングラデシュで、建築作品も多くがそこにあります。私はマリーナさんの本や展覧会は見ていましたが、実作は見ていませんでした。この機会に初めてバングラデシュへ行くことにしました。3日間の滞在でしたが、マリーナさんが案内してくれて充実したツアーになりました。その時の印象をまずは話します。
 最初の日は、ダッカの北部にある「バイト・ウル・ロゥフ・モスク」へ連れていってくれました。このモスクはマリーナさんの出世作で、彼女のおばあさんが自分の敷地に建てたものです。ダッカの都市化が進んでいったために、今は周りに高い建物が立ち並んでいますけれども、元々は田んぼの中にポツンと建ってるようなものだったそうです。信仰にあつい農村地帯で、イスラム教のお坊さんたちがいて、その人たちの希望を叶えるためにこのモスクを建てたということでした。
 建物は四角い箱の部屋の中に丸い部屋、内側にまた四角い部屋が回転しながら入れ子になり、その隙間が中庭になっているという構成です。角度のずれは敷地とメッカの方向に対応したことによります。イスラム教のモスクは男性が集まってお祈りするところで、女性のための部屋は別に設けていたりします。今回、私はお祈りとお祈りの間の時間に入れてもらうことができました。外で遊ぶ子供たちの声や自然の光が、中庭を通して柔らかく入ってきます。特に光が本当にきれいで感銘を受けました。
 使っている材料はレンガです。バングラデシュでは多く使われている材料です。元々は日干しレンガで建てていたんですが、イギリスの植民地になってから焼成レンガも発達して、寸法もイギリスから入ってきたフィートのモジュールを使うようになっています。マリーナの建築もそうですね。伝統と植民地時代の重ね合わせが、ここには見られます。
 次の日は6時間かけて、「クディ・バリ」へ行きました。

森田――6時間もかかるんですね。

貝島――車で行って、途中からは船に乗りました。
 バングラデシュという国は、全体が川の中にあるんですよね。ヒマラヤから流れてくる水に運ばれた豊かな土が広がっていて、だから米づくりも盛んだし、それによって風景がつくられている。それを車の窓から眺めて実感しました。「クディ・バリ」がある地域は、川の中洲の砂丘です。ここが雨季になると水かさが増えて、集落は1-2mぐらい水に浸かります。一般の建物は平屋なので、屋根が水面に出るだけでその下はすべて水に浸ってしまうそうです。
 この集落に住んでいるのは、バングラデシュの都市化が進むなかで、本土には土地を持てず方々から集まった最下層の人々です。浸水してしまう場所なので、土地として認識されていない。そこに陸側からあふれてしまった人たちが流れ着いてできた集落なんです。およそ30戸ぐらいがまとまって一つの集落をつくり、それが中洲の中に点在しています。ここにマリーナが「クディ・バリ」という構造システムを配りました。全部で50棟ぐらいを最初の基金では提供したそうで、私が行った集落には、そのうちの18戸が建っていました。森田さんがこの展覧会で土の床と壁をつくってくれましたけど...。

森田――京都府立大学の学生たちが頑張ってくれました。

貝島――「クディ・バリ」の集落の土の床はきれいに掃除されていて、チリひとつ落ちてないんですよ。本当にピカピカなんです。「クディ・バリ」での暮らしは貧しい面もあるけれど、こんなに心を込めて場所をつくっているというのは、とても豊かなことだなと思いました。
 最終日は、有名なルイス・カーンの国会議事堂をはじめとして、マリーナさんが影響を受けたバングラデシュの建築をいくつか見て回りました。あとは少し買い物をしようということで、今、着ているものはその時に買った刺繍の施されたシャツです。こちらのカバンは端切の布を編み込んだものです。
 刺繍などの手仕事は、バングラデシュでは女性の仕事とされているようです。「クディ・バリ」を建てる時も、男性が竹を伐ってきてフレームを建て、そこから先の装飾や内装は女性が担当するという役割分担があるみたいです。女性の手仕事も暮らしの中にたくさん残っていて、そういうのもいいなと思いました。

貝島桃代氏
材料と工法を日本で使えるものに置き換える

 ここからは森田さんに語ってもらいましょう。この展覧会はドイツ、ポルトガル、オランダと巡回してきて、インスタレーション「Wisdom of the Land」はそれぞれの国でも展示されたのですが、日本展では森田さんに土間をつくってもらいました。加えて、「クディ・バリ」の日本版を制作してもらっています。コラボレーションはどのように進めたのですか。

森田――お話をいただいて、まずマリーナさんに京都へ来ていただきました。私が拠を構えているのは、京都市の北側にある小さな集落、静原です。そこに15年ほど前に移り住み、3つの民家を事務所や自宅として使っているんですけど、ここにマリーナさんをお招きしました。私がどんな暮らしをしているかとか、周りの農家がどんな作業しているのかを見てもらいつつ、マリーナさんがどのようなことを考え、バングラデシュでどういう活動をしているかを、滞在中にじっくり聞かせてもらいました。そういう3日間を過ごすことで、作品だけでなく本人のお人柄にも触れることができたのが、本当によかったです。
 そのときにマリーナさんが持ってきていたのが、「クディ・バリ」の小さな模型です。構造がシンプルで、同時に幾何学的で美しい建物だなと感じました。正方形のプランで、コーナーがオープンになっているというフレームがとても印象深くて、どうして今までの歴史上の建築にこういうストラクチャーがなかったのか、不思議に思いました。

森田一弥氏

森田――ギャラリー・間では、「クディ・バリ」のジオメトリーをそのまま踏襲しつつ、それを日本の材料や工法に置き換えた日本版の「クディ・バリ」を制作しています。オリジナルの「クディ・バリ」は、竹が構造フレームになっていますが、日本の竹は肉薄で割れやすくて、構造材としては使いづらい。私の集落の近くには北山という地域があって、細いスギ丸太がたくさん採れるので、竹の代わりにスギをフレームの構造材として使えないかとまず考えました。

貝島――北山杉といえば、高級な木材ですね。

森田――床の間に使われる材料として有名ですが、それはごく一部で、足場丸太などにも使われています。ジョイントの仕組みについては、オリジナルでは独自にデザインされたスチールジョイントでつないでいますが、京都にどういうやり方があるか考えてみたところ、縛るという方法が思い浮かびました。丸太の足場は、番線と呼ばれるスチールのワイヤーで締め付けて固定しますけど、もっと古くは縄で縛っていましたし、祇園祭の鉾や屋台の骨組みは今でも縄で固定しています。このフレームでもそういうやり方が採れないかなと考えました。構造家の柳室純さんに相談したら、「縛るだけだと滑ってしまう。力が伝達できない」と言われて、学生が施工するので複雑な仕口の加工は難しいし、最終的には込栓のようにドリフトピンを打ち込み、縄で結ぶことで固定することにしました。これで日本版の「クディ・バリ」が実現できたわけです。

貝島――ハイブリッドで考えるのはいいことですね。

森田――地元にある材料をどう使うかということから、結果としてこうなったという次第です。オリジナルの「クディ・バリ」は材が一点に集中してますが、日本版は材が少しずつずれて固定されています。束ねて縛るわけですから、一点で交差してないのです。

貝島――そこも違うところですね。

森田――組み立ては、用意してもらった土台の上に、まず京都で穴あけ加工してきたスギ丸太のフレームを組んで固定します。屋根も京都府立大学のキャンパスでいったんパネル化して組み立てたものをバラして東京へ運び、展覧会の会場で8人がかりで持ち上げてフレームに載せました。重くてたいへんでした。表面はスギ皮で葺かれています。スギの丸太を剥いで生まれる材料です。

日本版クディ・バリ(企画・制作:京都府立森田一弥研究室)

貝島――「クディ・バリ」が面白いのは、自立した構造なので、自由に利用できるところです。私が見た「クディ・バリ」のひとつでは、おばあさんが大事な牛を盗られるのが心配だからと言って、1階に下屋を増築して牛と一緒に寝ていて、上の階は物置になっていました。別のものでは2階が子供部屋みたいになっているものもあったりして、それぞれが自分たちでつくり変えているんです。仕上げの材料も金属系だったり布だったり、自由に選んで使っています。どういう使い方をしているのか、研究すると面白いと思います。

かまどの周りに人は集まる

貝島――真ん中に置かれているかまども森田さんたちでつくったものですよね。

森田――そうです。マリーナさんはレクチャーで、バングラデシュの風景は水がつくっている、ウォーター・スケープだとおっしゃっていたのが印象に残っていました。そして大量の水によって運ばれた土がバングラデシュの大地をつくっているんですけど、その土は実はかまどにもなるんですよね。ですから土はウォーター・スケープをつくる素材であると同時にファイア・スケープをつくる素材でもある。
 展覧会が終わった後、日本版の「クディ・バリ」は私がいる京都の集落に移して、かまど小屋にしようと思っています。集落に一軒のカフェ・レストランがあり、地元で採れる野菜でつくった美味しい料理を、マリーナさんにも味わってもらいました。季節が良ければ外で食事できる庭があって、そこに昨年かまどをつくったのですが、まだ屋根がないので、ここに「日本版クディ・バリ」を移設しようという考えです。
 かまどは左官職人がつくるものなので、以前から興味があり、研究をしてきました。人がいない過疎の村などで、どうやって人が集まる場所をつくれるかを考えたとき、かまどの火があるということはすごく人を惹きつける魅力がある。
 例えば京都には今宮神社という古い神社があって、平安時代から神社の参道で炭火を起こして、あぶり餅を焼いて売っている。伊勢神宮の門前町にも、有名な赤福の本店があって、ここにも赤い漆喰で仕上げたかまどがあって、お店のトレードマークになっている。海外で見たものでは、イスタンブールのパン屋。ここも奥にパン窯があって、焼きたてのパンの匂いが通りに充満していていて、トルコの人たちがパンを買いに行く。

貝島――なんだかお腹がすいてきちゃいます。

今宮神社参道のあぶり餅(提供:森田一弥)

森田――こういう人を呼び寄せるかまどが世界中にあって、それを私たちも実践しようと、大学で「かまどくらぶ」というサークルをつくって活動しています。かまどは私の自宅を解体したときに壁土がたくさん出てきたので、それで日干しレンガをつくることから始めて、それを使って大学のキャンパス内にかまどをつくりました。これでピザを焼いて、学園祭で売ると、めちゃくちゃ売れる。

貝島――いいですね。私もそれで研究費を稼ごうかしら。

森田――火があっていい匂いが漂う場所というのは、すごく人が集まるんですよね。昨年は学生がインドで見てきたタンドール窯をつくって、学園祭でナンを焼いてカレーを振る舞ったりもしました。自宅にもパン窯をつくったので、天気の良い日はそこでスタッフとランチしたり。去年は貝島さんにETHZのジャパン・スタジオで呼んでいただいて、スイスの村でパン窯をつくって、そうしたらやはり集落の人たちがパンの生地を持ち寄ってきてくれて、最終日には学生も一緒に完成パーティを開きました。スイスにはもともと、公共のパン窯でみんなでパンを焼くという文化があるんですよ。

伝統と近代が地続きに進んでいく

貝島――「Wisdom of the Land」の土間についても、苦労話を聞かせてください。

森田――これも京都府立大学の学生がつくってくれました。一度仕上がった状態の写真が送られてきたんですが、表面がひび割れてるのが見えたんですよね。これは配合を間違えたと思って、全部解体して、もう一度学生につくり直してもらいました。割れた理由は、藁が足りなかったからです。藁を足して、もう一度みんなで半日ぐらいで一気に塗り直して、何とか間に合わせました。土は失敗してもやり直せるところがいいですよね。

貝島――塗った後にもう一回押さえるというような、普段だったらやらない工程まで学生たちがやっていて、相当に気を遣ってつくってくれていたと思います。そんな苦労を経てできた土間に、私はオープニング前に「バングラデシュの集落で見た床は、塵ひとつなく、もっとツルツルでピカピカだったよ」と言ってしまった。我ながらひどいですね(笑)。
展覧会のビデオでも、土壁を女性が雑巾で掃除している様子が流れています。地面からかまど、建築からすべてが土で一体的にできていて、本当に感動的なんです。

森田――平らな壁を正確に塗るのは難しいんですよ。トレーニングしないとできない。でも床をツルツルにするのは根気さえあれば誰でもできる。愛情さえあればいい。今回は工期が無かったので、ツルツルピカピカにはできなかったんですが。

貝島――気になったところがもうひとつあって、床と壁の間の入隅が角になっていること。バングラデシュで見た土間の隅は丸いんです。

森田――日本の職人は、出隅や入隅をピシッと仕上げるのが腕の見せ所なので、ついつい角状に仕上げてしまいました。だけど、丸い方が掃除もしやすいですよね。

貝島――なるほど。メンテナンスからそういうディテールになっていたんですね。

森田――職人の技術と民衆の技術の違いともいえるかな。

貝島――今回、マリーナさんとコラボレーションしての感想は。

森田――僕は京都を拠点にしていることもあって、古いものをどう再解釈できるかをまず考えるんですが、その対象として、海外の建築家であるマリーナさんの作品をどう再解釈するかというのは初めての挑戦で、その結果も現代の技術と伝統が融合したようなものになって、すごく面白い経験でした。

貝島――伝統との距離は、私にとっても興味深いテーマです。例えば「クディ・バリ」を最初に見たときに、なぜこのスチールのジョイントなのか、わかりませんでした。建築で伝統的な材料や工法を使う時、できるだけ伝統的なやり方を採りたいと私自身は思うので、違和感があったんです。これをマリーナに訊ねてみたら、洪水に遭っても自立する強度が必要ということと、これ自身を独立したものとしてつくれるということ、そして鉄の溶接も地域に鉄工所があって対応できるから、と言っていました。

森田――なるほど。僕もジョイントについてはどうしてこういうやり方をしたんだろうと不思議でしたが、地場の鉄工所がたくさんあるということなんですね。ある意味でこれもヴァナキュラーな材料であると。

貝島――バングラデシュでは元々日干しレンガの伝統があって、後から焼きレンガをつくるようになったわけですが、置き換えるのではなく、元からあった技術の上に積み重ねていくような感じに見えるわけですね。日本でも鉄筋コンクリート造が取り入れられると、型枠工事を大工がやるようになって、日本独自の繊細なコンクリートに発展していく。近代化というのはそういうふうに地続きで進んでいくものなのかもしれない。

森田――確かにそうですね。

貝島――私がバングラデシュに行って驚いたのは、自動車が多くて道路が渋滞しているんですけど、どの車も混雑の中でクラクションを鳴らさずにジリジリ攻めていくんです。少しでも隙間があればそこに入り込んでいく。バスもトラックもリキシャもです。水が流れるようなスムーズさで、ストレスがない。

森田――僕も早く現地に行って、体験してみないと。

貝島――皆さんもぜひ行ってください。バングラデシュ、おすすめです。

開催日:2026年1月18日
会場:TOTOギャラリー・間3F
編集:磯達雄(Office Bunga)

ギャラリートーク「共生のかたち」第2回
出演:伊藤亜紗(美学者、東京科学大学教授)×西澤俊理(建築家、滋賀県立大学准教授)

西澤――簡単に自己紹介から始めると、15年間ぐらいベトナムで設計事務所をやっていて、2年前から日本に戻り、日本とベトナムと行き来しながら活動しています。日本では滋賀県立大学の環境建築デザイン学科に属していて、人間が他者や自然と共感するために、体や空間をどう使ってきたのかを学生と一緒にフィールドワークをしながら研究をしています。バングラデシュには行ったことがなかったので、今日のトークイベントの前にダッカを訪れ、ベトナムのスタッフとそこで合流して1週間ほど滞在する予定だったのですが、総選挙前でビザの発給がストップした影響で行けませんでした。

伊藤――それは残念でしたね。

西澤――ですのでベトナムのスタッフが撮影した写真を見ていただきながら、今日のテーマについてお話します。とにかく人がたくさんいて、世界で人口密度が最も高い。旧市街の細い路地は歩いている人がいっぱいでカオスのような状態ですが、この写真のように斜めの線が現れて、その中がモスクとして使われている。身体的な路地の中に、突然、幾何学性の強い異なる世界が開けてくる。そういうことを、現地を訪れたスタッフは語っていました。
 この写真に写っているのは、バングラデシュにおいて重要な建築家であるルイス・カーンが設計した国立病院です。日本の整然とした病院と違って、人がたくさん来ていますが、ここにも強い幾何学が現れています。マリーナ・タバサムさんの「バイト・ウル・ロゥフ・モスク」や「クディ・バリ」もそうですね。これについて、この展覧会に合わせて出版された『レジリエント・ランドスケープ マリーナ・タバサム』(TOTO出版)の中で貝島桃代さんは「しなやかな幾何学」という言葉で説明されていますけど、やはり我々が知っているものとは違う、別の幾何学がある。それは体で感じる幾何学、もしくは体の中に埋め込まれた幾何学というようなもので、それを今日の話のひとつのテーマにしたいと思います。

左:ダッカの路地、右:アユブ国立病院(設計:ルイス・カーン)撮影:NISIZAWAARCHITECTS

西澤――僕の研究室で以前、食事をするときの自分の体と食べる対象との距離に関する研究を行ないました。普段日本では手で掴んで食べるのは良いこととされませんが、インドに行ってカレーを食べるときは、「手で食べた方が美味しいからそうしなさい」と言われる。少し抵抗を感じながら試してみると、確かにその方がずっと美味い。それは僕たちがおにぎりを食べるときに、箸で食べるより手で持って食べた方が美味しいのと近いのかもしれません。そのときの手の角度をみると、直角という幾何学が現れている。これは箸を使うときにの角度とも似ていて、どんな食文化でも共通してあるのではないかと思っています。

(提供:滋賀県立大学西澤俊理研究室)

西澤――本もそうですね。文庫本は手に近い大きさでできています。両手の間の空間に紙が扇形に広がる形は、やはり体とのつながりで出来上がっているように見えます。
 以前伊藤さんがベトナムに来たときにご案内しましたが、魚が嫌いだとおっしゃっていたのを覚えていますか?

伊藤――そんなこと言いました?(笑)。

西澤――魚とは目が合わないとおっしゃって、すごいことを言う方だなと感心したのですけど、魚と目が合わないからこそ、人間は釣りというものを発見したんじゃないか。魚がかかったら、竿を立てる。つまり90°をつくっている。それは糸が切れることを防ぐという意味があったり、竿と糸がつくる平面上に投影される竿の揺れを通して、魚と自分の関係をより正確に感じられたりするから行なっているのですが、そこにも美しい幾何学が現れています。
 次は敷物について。この写真はベトナムで床座になって食事をしているところです。日本だとお花見の時に敷物で床座になったりしますけど、やり方があまり洗練されていない。どこが違うかというと、ベトナムでは敷物の上に誰も座っていないんですよ。敷物というのは、人が座るためではなく、人と人との距離や関係をつくるためにあるんです。テーブルもそうですね。なぜテーブルがあるかというと、人と人とが向かい合ってひとつの集団をつくるときに、丸テーブルだったらみんなが平等に座れるし、長方形だったらふたつのグループに分かれるし、学校の講義室だったらひとりの先生と大勢の生徒が向き合うみたいになる。人間の社会的な関係が、その幾何学に落とし込まれています。

ベトナムでの食事風景 撮影:NISIZAWAARCHITECTS

西澤――美術家の岡崎乾二郎さんが『抽象の力』(亜紀書房)という著書の中で、「キュビズム以降の芸術の展開の核心にあったのは唯物論である。すなわち物質、事物は知覚をとびこえて直接、精神に働きかける。その具体性、直接性こそ抽象芸術が追求してきたものだった。アヴァンギャルド芸術の最大の武器は、抽象芸術の持つ、この具体的な力であった。だが第二次世界大戦以降、こうした抽象芸術の核心は歪曲され忘却される。その原因の一つは抽象を単なる視覚的な追求とみなす誤読。もう一つは抽象をデザイン的な意匠とみなす偏見。三つ目は具体という用語の誤用である」と書いています。この美術における抽象という言葉を、建築における幾何学と置き換えてみることもできるかも知れません。生産のための合理性だったり、ポストモダン的な象徴性だったりというところに幾何学の目的をとらえることは一面的で、体が相手や世界から受けるものとして、もしくは世界との関係をつくるためのものとしても、幾何学はあるはずです。そこに建築が幾何学を使うことの根拠があるのではないか。
 最近は田んぼへよく出かけます。田んぼがなぜ美しいのかというと、田んぼに水を引くためにはなるべく等高線に対して用水路を平行に引いていかなければならない。そうしないと遠くまで水を運べないから。水をコントロールするための結果として、見えない等高線が幾何学として現れてくる。それを僕たちは風景として認識して、美しいというふうに感じるのではないかと思っています。それに対してポンプで灌漑する近代以降の水田では、水をポンプアップして流す逆水灌漑を行っているので、どこでも水が給水できでしまう。そうするともう幾何学は地形に関係ないものになっていくので、何か食物工場みたいな感じの風景になっていく。そんなことも感じます。

伊藤――私は建築の専門家ではないので、場違いな感じもしているんですけれども、自分は人間の体のことを研究しているので、それと建築がどう関わるのかというところを接点として、マリーナさんのプロジェクトについて考えるヒントみたいなものを出せればと思います。
 1年半ほど前でしたか、西澤さんにベトナムの街を案内していただいたとき、ホーチミンから一晩かけて車で行って、チャウドックという街に連れて行ってもらいました。高床式の家を一度にこんなに多く見たことはなかったので、面白かったです。「クディ・バリ」も高床式ですけれども、これらは日本の高床式とは違う文脈で使われているようです。日本だと害獣害虫を防ぐために穀物を高いところに入れておくところというイメージだと思うんですけど、メコン川流域で見たものや、マリーナさんの作品は、人間が高いところに住むという感じですよね。なぜ高いところに住まなくてはならないかと言えば、洪水が頻繁に起こるからです。洪水が起きれば景色が変わるし、人間的な制度とも非常に相性が悪い。うちの境界はここまでだと言えなくなってしまう。そういう自然の条件と、どういうふうに折り合いを付けるのか。
 私がベトナムへ行ったのは国際交流基金のプロジェクトで、人と人が一緒に生きていくというときに、地域ごとにどういう知恵があるのか、それを東南アジアの各国を回って観察して集めていこうというものです。これは 「ケアの知恵袋」というタイトルでウェブサイトに成果を公開しています。共生というと美しい感じがするんですけど、いい人ばかりではない。困る人もいるわけですね。でもお隣さんに出て行ってくださいとはなかなか言えない。害虫とか洪水とかもそうです。そういうものを悪者にはできない。どうやってうまく共生するかを考えなければならない。そこに面白い工夫が出てくる。そういったところに注目しながら、いろいろな事例を見ています。

伊藤亜紗氏

伊藤――西澤さんの話で敷物のことが出てきて思い出したんですけど、このプロジェクトで台湾に行ったときに、台北駅の大きなホールで面白いことが起こっていました。そこは平日はガランとしてるんですけど、週末になるとインドネシアからの移民労働者が集まって、溜まり場になっているんですね。彼らは床に座って、長い時間おしゃべりをしている。これを排除しようという台湾の人の動きに対して、それへの反対運動もまた起こるという格好で、揉め事になっていました。COVID-19のパンデミックで騒ぎは収まっていたのですが、それが明けると当局が床の幾何学模様を変えていたんです。排除のデザインかなと一瞬いやな感じがしたんですが、それはチェス盤みたいなモノトーンの模様で、その中に丸いスマイルが描かれている。一度は排斥したけど、共生しようというメッセージだったんですよ。移民の人たちも、来たときにここに座っていいのかなと考える。そのとき下に模様が書いてあると、そこから座り始めたんだそうです。何もないところだと自分で決めた場所に座る感じになるからすごくハードルが高いけど、何かがあるとそれをきっかけに座っていいことになる。

西澤――それは面白い効果ですね。

伊藤――私の研究室に来ている留学生がダッカ大学で修士を修めていて、その頃の思い出を聞くと、やはり洪水のときの話が出て、体の半分くらいまで水没すると聞いて、大変だなと改めて思いました。それを聞いて改めて思い出したのが、藤原辰史さんの『生類の思想』(かたばみ書房)という本のことです。環境と言うと、そこに自分が含まれていない感じがしますが、藤原さんは環境というものを生類という考え方で捉え直しています。例えば水俣病で毒が胎児に濃縮されたように、実は自分の体の中も環境である。そういった視点から、もう一度環境を考え直そうと主張しています。
 その本の中で建築の話もしていて、台所やトイレというのはチューブの外付け装置であると言っています。チューブとは人間の体のことです。口から食べて肛門から排泄するので、それはチューブであると。そして自分の歯で噛み切れないから台所で料理をして、建築から外の生態系に自分の排泄物を押し出すためにトイレがある。何か自分の口から台所へつながっていて、自分の肛門とトイレがつながっているというような、そんな感じです。体と建築の関係を捉えるものとして、とても面白いと思いました。
 この本に出てくる印象的な比喩として、「人間はちくわだ」というのもあります。大気や微生物や土壌や水という環境に体ごと浸っていて、口だけじゃなく皮膚からも吸い込んでいる。おでんの中のちくわみたいなものとして人間はあって、そのちくわと環境との関係を調節するものが建築なんだというふうに書いてありました。人間がちくわみたいになっているというイメージと、洪水のことが私の中で結び付いてしまったわけですね。
 大学の同じ部局に宇宙の研究者が多いので、宇宙のこともよく考えます。例えば人間がこれから宇宙に行くというとき、例えば火星に行くとなったとき、火星の中にこの体を浸したらどうなるか。いきなり行ったらすぐに死んでしまう。体と環境が合ってないなら、どうすれば合ってくるのか。
 論理的に考えて、3つの考え方があり得ます。ひとつは地球の環境を向こうで再現する、つまり体に環境を合わせるということ。地球保守主義と呼んでいるんですけど、地球の価値観を、向こうでも実現する。ふたつ目は進化的適応といって、体を環境に合わせてどんどん変えてしまう。火星の環境に合った体へと人工的に変えたり、自然になっていったりする。体は基本的に地産地消なので、現地に存在する材料を使って体をつくっていくのは自然なことだとも言える。3つ目は共生成文明で、微生物が建築みたいに体と環境の間に入って、いい感じで環境を変えたり体を変えたりしてくれるというもの。例えば放射性物質に強い細菌が地球にもいるんですけど、そういうものを連れて行って火星でうまく共生すると、宇宙放射線の強いところでも生き残れるようになるかもしれない。建築物ももちろん考えなければいけないんですけど、環境と体の間に入る一枚のレイヤーとして、微生物をどう設計するかみたいなことも、建築と同じように重要なことなのかなと思います。

西澤――伊藤さんは美学者でもありますが、その面から環境と体の関係について言えることはありますか?

伊藤――ひとつ触れておきたいことは、美しいということとビロンギング(帰属意識)が結び付くということです。マリーナさんがロヒンギャの難民キャンプでコミュニティセンターを設計したときのエピソードは、とても興味深いものでした。管理している当局から言われた条件として、美しいものをつくるなと言われたそうです。 なぜなら、美しいものをつくると難民はそこに帰属意識をもってしまう、ここが自分たちの居場所だと思ってしまう、だから美しくしないでくれ、ということなんですね。それでつくったのが「女性主導コミュニティ・センター」で、私の目からすると非常に美しいと感じられるんですけれども、目くらましみたいなところがあって。つまりバングラデシュの人にとって、これは美しく見えない。どこにでもある竹という素材を使っているので特別感がない。これと同じことを坂 茂さんがやっていて、『レジリエント・ランドスケープ』に収録された対談で、坂さんは1995年の阪神淡路大震災のときにベトナム人労働者のためにつくった仮設住宅のエピソードを紹介しています。彼らが工場近くの公園に住み始めたことで地域の人は警戒モードになったけど、素材が紙管だし、基礎がビールケースでできていて、いかにもすぐなくなりそうだということで許されたという。テンポラリーなものに見せるやり方として、非常に上手いですよね。
 美しさのことで参考になりそうなことを取り上げておくと、1960年代後半から70年代にかけて、米国の黒人によって「ブラック・イズ・ビューティフル運動」が起こります。それまでは黒人の体は醜いものだと決めつけられ、それを黒人たちも内面化して生きてしまい、だから醜い人間のように振舞ってしまう。そうではなくて、黒人たちがもっている髪の毛や皮膚、独特のリズム感とかいったものが美しいのだと、みんなに感じて欲しいということでした。これが興味深いのは、いわゆる公民権運動は終わっているんですよ。つまり権利は既に獲得している。でも権利では自分たちの生活を本当の意味で変えられないということに気づいた人たちが、「ブラック・イズ・ビューティフル」を唱え始めるわけです。実は障害の分野でも同じなんですよね。必ずその権利の運動の後に、美しさの運動が起こるというのがパターンです。ここに美しさというものを考える大事なヒントが詰まっているように思います。

西澤――興味深い話題がいくつも出されました。坂さんの仮設住宅の話も面白かったですね。そこに存在するという感じを希薄化するために、壁でも屋根でもなく土台をいじる。僕も地面とどう接続するかというところを意識的に見ていて、例えば下駄はぬかるんだ地面でどうすれば歩きやすいかというところから小さな高床みたいな形が出てきているし、日本の幽霊に足がないのは存在はするけど実在はしないみたいなことを表しているのかなとか。マリーナさんの「クディ・バリ」で言うと、やはり土台のところに正方形の幾何学を入れてあるところも、ひとつの尊厳を表しているのかもしれません。

西澤俊理氏

伊藤――90°で立てるという話とつながるんですけど、ロバート・ラウシェンバーグというアーティストが「ベッド」という作品をつくっていますね。ベッドをキャンバスとして使い、絵の具をぶちまけたものです。ベッドは元々水平ですが、それを垂直にしたというところがポイントで、ベッドも立てると絵画になる。

西澤――なるほど。

伊藤――例えば御柱祭も柱を立てるし、クリスマスツリーというのもありますね。何かを立てるところに人間は念を込め、その立ち方や地面とのつながり方に解釈の幅をもたせるんですよ。

西澤――そうですね。日本庭園の作庭でも石を配置していくときに「石を立てる」と言うし、数学でも式をつくるときに「式を立てる」というふうに言いますね。

伊藤――それがしっくりきているから、みんなそう言っているんでしょうね。

西澤――ボルネオ島でオランウータンを見に行ったとき、現地のレンジャーから「エイプとモンキーの違いを知っているか」と言われました。つまり類人猿と猿がどう違うかということですね。類人猿は正面から向き合うことはできるけど、猿はできないんだそうです。猿は強い方が睨んだら弱い方が身を背けなきゃいけない。類人猿は向き合って、「俺たちは仲間だよ」みたいな確認ができる。でも人間のように距離を取って向き合うことはしない。両者の違いはまだあって、猿には尻尾があるけど類人猿にはない。猿は両手両足と尻尾のうち4点で体を支えて歩くので、四角錐みたいな感じになっていますよね。尻尾がない類人猿は立ち上がる。オランウータンはジャングルの中で手と足の両方で木の枝をつかみながら、ぷら~んと体を揺らして次の枝を掴んでいくという格好で移動していく。手と足がつくる4つの点が正方形にしか見えないんですよね。これが人間になると、重力が強い環境だから、地面に降り立ったときに二足歩行になる。

オランウータンの移動 撮影:NISIZAWAARCHITECTS

西澤――話がまた脱線しまくるんですけど、この間、カメを買いに行ったんですね。

伊藤――カメ?

西澤――娘と「カメはすごいよね」という話になって、何がすごいかというと、まず4本の足がある。アメーバやゾウリムシは足がないから体全体で環境に対して反力を加えて移動しているけど、足があるとは移動するための反力が出るところを点にしていくという行為です。これが人間のような二足歩行になると、点の数がふたつになって、広い床があればどこにでも行けるというようになる。

伊藤――今日の話で出てきた、敷物とか高床の重要性みたいなところにつながっているような気がしますね。

西澤――もう一点、カメがすごいのは変温動物であるということ。冬は冬眠しなくてはいけないし不便だろうと思われるんですけど、でも僕らも風呂に入るとすごく気持ちいいじゃないですか。まわりの気温や水温と自分の体温が同じぐらいになれば、自分の体の輪郭を忘れられるような感じになるのではないか。僕らは恒温動物だから、常に自分の体にいろんな服を着せて、まわりとは違う温度を維持しないといけないという体の仕組みを背負っている。おそらく、恒温動物ということと足があるということ、このふたつによって、人間は高層ビルという形をつくった。床の積層と周りのガラスのスキン、それさえあれば人間の体は生活できてしまう。

伊藤――カメのことをうらやましいなんて考えたことありませんでした。でも確かにそうですね。長生きしますしね。

西澤――カメには敵がいないんです。共生するうえでのヒントがカメにはあるかもしれません。

開催日:2026年1月31日
会場:TOTOギャラリー・間3F
編集:磯達雄(Office Bunga)

 
磯達雄 Tatsuo Iso
編集者・1988年名古屋大学卒業。1988~1999年日経アーキテクチュア編集部勤務後2000年独立。2002年~20年3月フリックスタジオ共同主宰。20年4月から宮沢洋とOffice Bungaを共同主宰。
https://bunganet.tokyo/
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