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篠原一男 空間に永遠を刻む――生誕百年 100の問い

展覧会レポート
出会いと、ひらかれて美しいこと
レポーター=伊藤 維


建築家それぞれの世界や物事の捉え方は、生い立ちなどもさることながら、様々な人や言葉、建築や街とのかけがえのない「出会い」の連鎖によって形成されていくと思う。だからというわけでもないが、このレポートを私の(間接的な)篠原との「出会い」から始めたい。私自身、様々な出会いによって変化・成長してきた流れの中で、誰かを経由し、あるいは直接のアクセスを求め、篠原が私なりの形で、私の一部になってきた。
2005年秋に建築を学び始めた私は、篠原一男氏に直接お目にかかる機会はなく、逝去されて間もない学部生の頃『住宅論』を手に取り、作品より先に言説に触れたのが最初である。孤高に建築の力を信じる強烈なアフォリズムの数々は、私がいわゆる「意匠系」「アトリエ系」を志す背中を押し、当時大学で最も「かたち」をストレートに探求していた千葉学さんの研究室の門を叩いた理由のひとつとなった。篠原の建築により具体的に触れたのは設計事務所に勤めてからで、藤村龍至さんからプランのレベルで篠原の「形式」を教わって感動し、工藤和美さん、堀場弘さんから、建築の大切な部分が凝縮されるからと、枠回り詳細で篠原の図面を参照するよう言われ、必死に真似たものである(これは現在私の事務所でも踏襲している)。休日に一人で篠原作品を見学したのもこの頃で、形式・幾何学と空間体験との豊かな接続を原寸で実感したことを覚えている。その後海外では、大学院で、Preston Scott Cohenによる必修授業で課された建築家・理論家ひとりを選択して論じるレポートで篠原について書いた際、彼に評価されたこと自体も喜ばしかったが、それ以上に、アメリカやアルゼンチン、スペインからのクラスメイトにも「シノハラで書いたらしいじゃないか、読ませてくれよ」と言われたのはとても良い思い出である。
そのような、篠原にかかわる具体的で瑞々しい経験の数々を思い出しながら、本展覧会の会場を巡った。というよりも、展示を巡る経験が私にそれらを思い出させた、といったほうが正確である。本展は、すでに篠原をよく知る人/初めて知る人にかかわらず、豊かで凝縮された篠原との「出会い」の可能性に溢れていた。
「100の問い」とその応答は、そのまま学部生の頃の初学の私に。「白の家」の素晴らしい原図は、枠回り詳細を一生懸命描いていた頃の私に。「ハウス イン ヨコハマ」を空間化した4階は、篠原作品を訪れた私に。そして篠原の肉声、膨大な肉筆のスケッチは、それらに初めて触れた今現在の私に。
「新鮮な再会」もたくさんあるだろう。いままで書籍で何度も見たにもかかわらず、「白の家」の枠回り詳細図は、私にとって改めて驚きの原図であった。出隅の柱が3本の組柱であり、また建具間の柱も2本組である、という、枠回りのありようが屋根以外の軸組にも影響していて、また表現として架構形式にまで言及していることが、恥ずかしながら記憶から抜け落ちてしまっていたのだ。
こうした「出会い」を可能にしているのが、大らかに美しく構成された今回の展示空間である。篠原一男の言葉、図面、写真、ドローイング、空間、映像、そして年表やキャプションが適切な大きさ・間隔・距離で配置され、それがTOTOギャラリー・間の既存空間・動線と多様に関係づけられ、鑑賞の経験がつくられる。
たとえば3階(Gallery 1)では、椅子に座って1枚の図面を静かにじっくり眺めることも、複数の図面を関連付けながら歩き回ることもできる。大きな写真には遠くからも近くからも見ることができる視点場が用意され、空間全体を把握したり、没入したりの両方が可能である。さまざまなサイズで中庭壁面に貼られた「問い」と、ぽっかりあいた中庭空間とはセットで機能し、鑑賞者それぞれの異なる動きを誘う。中庭は篠原のいう「虚空」を感じさせもするし、階段から視点を変えれば、4階(Gallery 2)の映像で肉声によって語られた東京の都市を見やるヴォイドとしても機能する。挿入された「ハウス イン ヨコハマ」の空間は、そこに篠原がいたという光景や息づかいをまず喚起するが、同時に、幾何学的な開口部の存在・意味を空間体験として示し、また「蓼科山地の初等幾何」のセクションや映像との適切なリンク・隔てを生む。展示の文字色等に採用された鮮やかな緑は、篠原のスケッチや書籍にしばしば登場した色だと知る。その緑は「応答」の冊子にもあしらわれ、私たち世代による現在進行形の「応答」とともに、余韻として持ち帰ることができる。
基本的かもしれない、しかしゆえに普遍的な手法の積み重ねによって、展示物の可能性を最大限に引き出し、訪れた一人ひとりがそれぞれの向き合い方で、異なるメディアや作品を関係づけ、思いを巡らせる余地が豊かにある。同時に、TOTOギャラリー・間の空間自体の魅力をここまで感じる経験は、これまであまり無かった気がする。3・4階をつなぐ屋外階段のダイナミックな魅力に意識が強く向かうのは、いつぶりだったろうか。
建築が、配置、空間、マテリアル、取り合いなど、様々な尺度で複数の解釈にひらかれていることは、私が建築をつくる上で最も大切にしていることだ。それは、使い手や時代の要請、あるいは(住宅ならば)家族のありようが変化したとしても、その建築が持続し、生きられ続けていくための必要条件でもあると思っている。篠原の抽象的な空間には、敷地や用途の変化も受け止めるそのようなひらかれた質が備わっていると時が証言し、そして同時に美しくあり続けている。その「ひらかれたさまが美しい」ということに、私は今まで何度も勇気づけられてきたし、それを建設するための実施図面の美しさに背筋を伸ばしてきた。本展では、そのような篠原が残したものの豊かさと、先述の、空間にも時間にもひらかれた展示構成とが掛け合わさり、建築家の強烈な個性が、訪れる人それぞれの個性・経験にいきいきと接続されていく。このあらわれは、篠原が生涯をかけ探究した建築の豊かさにも近しく思うし、彼の希求した「空間に永遠を刻む」とは、ひとつにはこういうことなのだ、と、現在進行形で、空間全体が穏やかに語っているようでもある。
この、ひらかれた、そして美しい空間が、多くの人に触れられ、そしてぜひそれぞれの篠原に出会う場として経験されてほしいと思う。
3階:Gallery 1と中庭の展示風景(中央展示台に「白の家」の原図が並ぶ)
© Nacása & Partners Inc.
4階:Gallery 2展示風景(写真左「ハウス イン ヨコハマ」、写真右「蓼科山地の初等幾何」)
© Nacása & Partners Inc.
伊藤 維(いとう たもつ)
伊藤維建築設計事務所 代表 / 名古屋造形大学 准教授
1985年岐阜県生まれ。2008年東京大学工学部建築学科卒業。藤村龍至建築設計事務所(現RFA)、シーラカンスK&H勤務を経て、2013年伊藤維建築設計事務所設立。その後渡米し、2016年Havard GSD 建築学修士課程(M.Arch Ⅱ)修了。Columbia GSAPP 特任助教等ののちスイスに渡り、2017~20年 ETH Zurich助手を経て、2020年に帰国、岐阜を起点に事務所活動を本格化。
主な受賞に、日本建築学会作品選集新人賞、AR Emerging Award、JIA東海住宅建築賞最優秀賞、SD Review朝倉賞、グッドデザイン賞など。
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著者=篠原一男
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