もっとつながろう、もっと楽しもうユニバーサルデザインStory
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
災害により被害を受けられた皆様へ、心よりお見舞い申し上げますとともに、
皆様の安全と一日も早い復旧をお祈りいたします。


熊本県天草市にある広域型特別養護老人ホーム「天草ナーシングホーム」は、2025年12月に市内へ新築移転する際、多様な介護テクノロジー機器を導入しました。そのうちのひとつが、TOTOの「ベッドサイド水洗トイレ」です。超高齢社会に突入し介護人材不足が深刻化するなか、先進的な福祉機器を入れることで介護の質を担保しようとする施設は増えていくのではないでしょうか。記事前編では、天草ナーシングホーム事務長の和泉和孝さん、福祉機器の選定をサポートした株式会社ニシケンの水落健二さん、TOTO担当者の堀内啓史に、施設の新築移転の経緯やベッドサイド水洗トイレ設置までの課題と工夫について語ってもらいました。
社会福祉法人清志会 特別養護老人ホーム 天草ナーシングホーム事務長
株式会社ニシケン メディカル 営業部 部長
TOTO株式会社 機器水栓事業部 機器商品開発部 主席技師スタッフみんなで話し合って決めた、「だれもひとりにしない」ための施設設計
和泉和孝さん(以下、和泉)
水落健二さん(以下、水落)
堀内啓史(以下、堀内)
天草ナーシングホームの新築移転の経緯を教えていただけますか?
インタビューは天草ナーシングホーム内の会議室で行いました
天草ナーシングホームの前身である紫明寮は1970年に開設し、時代の変化や制度改正に対応しながら増改築を繰り返してきました。紫明寮が建っていたのは海のすぐそばです。2016年の熊本地震の際は、津波警報が鳴る中でエレベーターが止まってしまい、当時はただ状況を見守ることしかできず、悔しい思いをしました。
ご利用者様に安心して暮らしていただくためには、高台へ移転するのが一番の解決策です。設備が老朽化していたことや、建物の構造が現在のスタッフの作業動線に合っていなかったこともあり、新築移転を決めました。
移転の判断や、移転後の施設のあり方は、スタッフみんなで話し合って決めました。ご利用者様が快適に暮らせること、ご家族が安心できること、移転前の地域の皆さんにも移転後の地域の皆さんにも親しんでもらえること、そしてスタッフ自身が働きやすいこと。それらを含め、「だれもひとりにしない」というコンセプトを実現する挑戦だったと捉えています。
居室158室と短期入所生活介護16室を備えた天草ナーシングホーム。診療所も併設され、24時間看護師が対応する医療と介護の一体型施設として、地域の高齢者福祉施設の中核的な役割を果たしています 設計・施工:大和ハウス工業株式会社(写真提供/天草ナーシングホーム)
以前の施設にはどういった課題があり、新施設ではどのように解消しましたか?
ひとつはプライバシーの問題です。これまでは多床室(※)だったので、ご利用者様のプライバシー配慮に限界がありました。新施設は完全個室のためプライバシーは確保されていますし、一人ひとりに合わせた生活空間づくりが可能です。ご家族の面会時も個室内で一緒にゆっくりと過ごしていただけるようになりました。
もうひとつは災害時の対策です。天草は台風が多く、その被害で最長では3日間停電したこともあります。エレベーターが使えず、スタッフは非常階段を使って食事を運んでいました。そうした事態にならないよう、緊急時の電力供給のため、新施設にはLPガスの非常用発電機と太陽光パネルを設置しました。停電になるとすぐに非常用電源に切り替わり、ご利用者様もスタッフも施設内で日常と変わりなく過ごすことができます。
また普段、水は地下水を機械で汲み上げて使用しています。地下水が使えなくなったときのために市の水道も引き込み、バルブですぐに切り替えられるようにしています。
(※)特別養護老人ホームや老人保健施設などの介護保険施設、病院において、1つの部屋を2~4人程度で共有する相部屋
天草市の見晴らしの良い高台の広大な敷地に建つ平屋建ての施設。地域防災拠点として、さまざまな災害対策を実施(写真提供/天草ナーシングホーム)
動線も工夫されたそうですね。
紫明寮ではゴミ捨てや寝具交換、お風呂などさまざまな場面でエレベーターの待ち時間が発生していたので、新施設は平屋にこだわりました。管理棟を囲むように6棟のコテージを配置しています。1棟には15人入居できるユニットが2つあり、何かあったらコテージごとに協力体制を取る計画です。
大事にしたのは、6棟すべて同じレイアウトにすることです。たとえばスタッフがほかの棟に異動したときも、動線や物の置き場が違って混乱するということがほとんどありません。また、建物全体をぐるりと周回するような道路を設け、それぞれのユニットの倉庫にゴミやクリーニングに出すリネンなどを入れておけば、外部の業者の方が外から回収してまわれるようにしました。

管理棟を中心に6つのコテージを配置。それぞれのコテージに2つのユニットを設けています(写真提供/TOTO)

各ユニット中央の共同生活室を囲むように居室を配置。共同生活室と廊下側から出入口を設けた共用トイレを2カ所、脱衣・洗濯室を備える浴室を1カ所ずつ設置しています(資料提供/TOTO)
スタッフ・ご利用者様双方のストレスを解消するため、積極的に最新機器を導入
水落さんはどのように福祉機器の提案を行いましたか?
指針としたのが、事務長の「ストレスがない施設を目指したい」という言葉です。スタッフの皆さんがストレスを抱えていなければ、ご利用者様に対してしっかりと向き合える。ご利用者様がストレスを抱えていなければ、スタッフの皆さんもスムーズに介護できる。そういう環境を作るために、すでに天草ナーシングホームの皆さんである程度商品を選定されていたので、それに対しより踏み込んだ提案をさせていただきました。
多床室と異なり、個室はベッドを置く向きやスペースが制限されます。でも、片麻痺のあるご利用者様など、「右からでなければ/左からでなければベッドから降りられない」という方もいらっしゃいます。新施設の図面を参照しながら、ベッドと「ベッドサイド水洗トイレ」の模型を仮置きし、ご利用者さんが好きな方向から降りられるか、車いすの操作に問題がないかといったシミュレーションを行いました。
福祉用具レンタル卸・販売卸を基軸に多様な業務支援ソリューションを提供する株式会社ニシケンの水落さん
そのほか導入された機器について教えてください。
今回、考えうる介護ロボット機器はすべて入れたつもりです。まず、タブレット入力ができてクラウドで記録を保存・共有できる、介護ICTソフトを入れました。ベッドは見守りケアシステムがついたベッドを採用しました。センサーがついていて、起き上がりや離床などの動きがあったときにスタッフのスマートフォンに通知が届くほか、おおよその体重測定と記録も可能です。
また、ワイヤレスナースコールを導入しました。有線のナースコールはご利用者さんがいじってしまうことがあり、危ないと感じていたのです。スマートフォンで通知を受け取ったスタッフは居室カメラで状況を確認し、緊急性や優先順位を判断できます。これに伴い、電話の親機も無くしました。スタッフは常にスマートフォンを持ち歩き、その場で内線・外線のやりとりをします。こうしたシステムもニシケンさんに構築してもらいました。
完全個室はメリットも多い一方で、見守りに手間がかかる、行き届かない場合があるというデメリットがあります。見守り機能を備えた機器を充実させることによりこの問題の解消を狙いました。
「施設の新築移転を機に、介助負担を軽減する最新機器を一気に導入しました」と和泉さん
さらに、スタッフがご利用者様を抱え上げなくていいように各種リフトを導入しました。お風呂は家庭向け浴槽を採用しています。移転前はさまざまな機械浴を導入していました。機械浴では、安全に効率よくご利用者様に入浴いただけます。しかし、時間をかければ一般浴槽に入れる方にも機械浴で入浴いただいたり、半介助で座位浴槽に入れる方に寝たまま浴槽で入浴していただいたりと、安全性を重視するあまりご利用者様の自立を奪ってしまう場合がありました。そういった可能性を少しでもなくしたかったのです。
脱衣室から浴槽の天井にはレールを設置し、ご自身で入ることができない方にはリフトを使用することにしました。また、体をこすり洗いしなくても汚れが落ちるウルトラファインバブルや泡シャワーを採用し、清拭業務の負担を軽減しています。
また、ウォーターサーバーを各ユニットに設置し、スタッフもご利用者様も自由に飲めるようにしました。ユニットのキッチンには業務用の食器洗浄機と乾燥機を入れ、ロボット掃除機を2台入れるなど、清掃関連の作業も効率化しています。
臭気対策や介助負担軽減のため、ベッドサイド水洗トイレを採用
自立している方の居室では運動も兼ねてベッドから少し離れた場所に置くなど、利用者の身体状況に合わせて最適な位置に動かせることがベッドサイド水洗トイレの利点のひとつ(写真提供/TOTO)


左/各居室のパイプシャフトに給排水管の取り出し口を設けています。右/機器側の給排水ホースは柔軟性があり、移動がスムーズ
全居室174室にベッドサイド水洗トイレを導入された理由を教えてください。
紫明寮では、学校のように複数のブースが並んでいるトイレをみんなで共用していました。このやり方ですと、ご利用者様がトイレまで移動する際には転倒リスクがありますし、スタッフは夜間のトイレ誘導に時間がかかっていたはずです。一方で、ポータブルトイレも洗浄にかなり手間がかかります。私も15年ほど高齢者施設に勤めていましたが、その際、夜勤時の労働を負担に感じて離職するスタッフもいました。ベッドサイド水洗トイレを使えばそうした問題が解決できるのではないかと考え、「こういう製品がありますよ」とお知らせしました。
ご利用者様は要介護3〜4の方が多く、60人ほどがポータブルトイレを使用されていました。ポータブルトイレはバケツだけでなく丸ごとしっかり洗わないと汚れやにおいが落ちないし、干す作業も必要です。スタッフはかなり大変だったと思います。ご利用者様も人に排せつ物を片付けてもらうことに羞恥心を感じていらっしゃっていましたし、存在感がどうしても目立ってしまうため、ご家族の面会時にはカーテンで隠すなどの気配りをしていました。ですので、水落さんからのご提案に対し、「ぜひ導入したい」と思いました。
ひとつ懸念していたのは、夜間にベッドサイド水洗トイレを使うと、隣室に水を流す音が響いてトラブルになるのではないか、という点です。一般家庭に比べるとどうしても、福祉施設の個室の壁は薄いものですから。でも、当時の施設長さんが北九州市の小倉にあるTOTOのショールームまでその音を確認しに行かれて、「これなら問題ない」と判断くださいました。スタッフの皆さんが積極的に調べて配線や動線も含めて検討してくださり、導入が決定しました。
建物の引き渡しから引っ越しまでの期間に間に合わせるため、別の場所で組み立ててから取り付け
「ベッドサイド水洗トイレは電気が必要ですが、天草ナーシングホームは停電対策をしっかり考えられていたので、非常時でも安心だと思いました」と堀内さん
全居室にベッドサイド水洗トイレを取り付けるにあたり、技術的な課題はありましたか?
給排水管の接続部が壁から出っ張って邪魔にならないように、壁の中に埋め込みたいというご要望をいただきました。こうした壁内配管はもともとオプションとしてご用意しています。ただ、指定いただいた市販の点検口パネルの大きさが、想定していたものよりも小さかったのです。一旦持ち帰って配管部品のレイアウトなどを見直し、従来よりも小さいサイズの埋め込み型を実現することができました。
また、174台ものベッドサイド水洗トイレを一度に納品するのはTOTOとしても初めてのことでした。さらに、建物の引き渡しから引っ越しまでの期間がとても短かったのです。通常は現場でトイレ本体とウォシュレットと粉砕圧送ユニットを組み立てて施工するので、どうしても1台あたり半日ほどかかります。それでは到底間に合わないので、先に配管工事だけ済ませ、ニシケンさんにご協力いただいて別の場所で組み立てたものを持ち込んで取り付けることにしました。これも初めての試みでした。
製品の製造にも時間がかかるということで、174台すべての完成を待っていたら工期ギリギリになってしまう状況でした。そこで、完成したものから弊社倉庫に分納してもらい、設備屋さんにそこで組み立ててもらいました。そうすることで現場での施工を最小限にしたのです。TOTOさんが丁寧に指導してくださったので現場での作業はとてもスムーズに進み、一週間で174台を取り付けることができました。
TOTOが発行する「ベッドサイド水洗トイレ 給排水設備設計施工ガイド」より抜粋(資料提供/TOTO)
写真/鈴木愛子(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀 2026年8月19日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。